■ CROSS ROAD ディール急襲 第2部 3章 1話3
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色々な話を、首長から聞いた。
ケネルとファレス、そしてウォードが他人とは少し違うこと。いや、彼らの持つ能力は、そもそも根本的に違うのだと。
思いもよらない話も聞いた。
やはり、特殊な能力を持っていた、ガライという名の遊民の話だ。それはおよそ二十年前、あのノースカレリアで起きたのだという。
彼は当時、細々と、北の草原で暮らしていた。遊民たちは今と同様、差別を受けていたからだ。
だが、市民の嫌がらせは、ある出来事を境にして、凄惨な「異民狩り」にまで発展した。
寝込みを襲われた幾人かと同様、ガライもなすすべもなく命を落とした。辛くも生きのびた遊民たちも、命からがら街を追われた。
市民の暴動の「きっかけ」は、ガライが能力を揮ってしまったことだった。それまでずっとひた隠しにしてきた、人並み外れた怪力を。道で荷馬車の下敷きになった、市民の夫妻を助けるために。
内心、エレーンは戸惑った。
暴徒と化した市民の手によるジェノサイド。とんでもない大事件というのに、そんな話は聞いたことがないのだ。当時、同じ国内に──あらゆる情報が集中する商都に住んでいたというのに。
「なんで、あんなのが生まれてきちまうんだかな」
両手を頭に押し敷いたまま、首長は淡々と話を続ける。
「俺たちの仲間には、ああいう変り種が生まれることがある。いわば、突然変異というやつだ。──どんなふうに言えばいいのか、あいつらは根本的に違うんだ。これが同じ人間か、と思うことがよくあるよ。動く速さも、腕っ節の強さも、そうした連中は桁外れだ。もっとも、能力の出方はそれぞれだから、一概にどうとは言えないが。まあ、ウォードはあの通り風変わりだから、今さら言うまでもないだろうが、ファレスも少しばかり毛並みが違う」
「お、女男? どんな風に?」
ちら、と首長が流し見た。
「あいつは占いが得意だぜ」
「……え゛?」
エレーンは片頬引きつらせた。「う、占い……あの女男が?」
思わず、上目遣いで想像する。薄暗いテントの中、小ざぶとんの水晶を覗く、ローブ姿の占い師ファレス。卓に足を投げ、喫煙しながら──。
「なんで、そんな所にいるっ!」
ぎょっ、とエレーンは飛びあがった。この柄の悪い呼びかけは……
相手の見当は、即座についた。噂をすれば、なんとやら。
顔をゆがめて振りかえる。「……。や、だってえ」
「だって、じゃねえ!」
一喝で、ファレスは言い訳を封じる。
溜息まじりで首長がごちた。「──やれやれ、やっとお出ましか」
もっとも、あまりに逆上していて、まるで耳に入らなかったらしい。ファレスがまなじり吊りあげた。
「断りもなく消えるんじゃねえ!」
憤然と仁王立ち。
「何度言えばわかるんだ! 森には獣が、あんたを狙ってうろついてんだよ!」
「うっ。──だ、だけど、あたしにだって都合ってもんが──」
「用があるなら、断ってから行けっつってんだ!」
「──うるせえなあ」
首長が顔をしかめて耳をほじった。「そうぎゃんぎゃん喚くなよ。いいじゃねえかよ、どこも食われてねえんだ(し──)」
「食われてからじゃ、遅せえってんだよっ!」
食い気味でがなりたて「──で」と首長を睨めつけた。
「なんで、あんたがそこにいる!」
「ちゃあんと、お手々はしまっておいたぜ?」
頭の下から手を抜き出し、首長はひらひら五指を振る。「勝手に悪さをしねえようにな。ああ、念のため言っておくが──」
よっこらせ、と起きあがり、あぐらでファレスに目を向けた。「うちのじゃねえぞ、あっちのは」
「わかってる!」
ファレスは苛々と吐き捨てて、忌々しげに木立を睥睨。「たく。バリーの野郎! 首長がしょぼくれると、途端にこれだ!」
「おい、アドの所には怒鳴りこむなよ?」
すかさず首長は制止する。「ちょっと取りこんでんだよな」
ちっ、とファレスが忌々しげに舌打ちした。
「あの代理もいねえじゃねえかよ。たく。遊び呆けやがってカーシュの野郎! あの赤毛が睨んでいりゃ、少しは連中もましだったろうによ! だが、そもそもの元凶は──」
ぎろり、と視線が飛んできて「……え゛?」とエレーンは後ずさる。「やっ──だから、あたしにだって、いろいろ用が──」
「なんの用だ! 言ってみろ! ふざけたこと言いやがったら、ただじゃおかねえからな!」
「ああ、なんでもない。なんでもないって」
すかさず首長が割って入り、ちら、とこちらに目配せする。「ちょっと俺とデートをな。な?」
「へ?」
ぽかん、とエレーンは見返した。
でーと ?
(いいから話を合わせとけ!)(やっ。でっもぉー!)
乙女心は中々に複雑。
こそこそやり取りする間にも、ファレスは苛々腕をくむ。「……つまり、示し合わせて逢い引きってか? どけだけ俺が捜したと──!」
「おいおい、ファレス。真に受けるなよ。──カッカするなよ、冗談だって」
「──冗談だァ!?」
がさり、と藪を掻く音がした。
草木が揺れ、人影が一つ、道の先からやって来る。辺りを見まわすその顔は──
青葉の隙間に相手を認め、はた、とエレーンは目をみはった。
「あ、ケネルだっ!」
喜色満面、即行駆け寄る。
ケネルが不思議そうに小首を傾げた。「……呼んだか?」
「へ? あたしがケネルのことを?──あっ、でもっ、すんごくいいとこに来てくれたっ!」
「話はまだ終わっちゃいねえぞ!」
ぐい、とファレスがその首根っこ引き戻す。
「このだだっ広い森の中を、お陰でどれだけ捜したと──!」
頭の上から怒鳴りつけられ、むう、とエレーンはふてくさった。
ぶちぶち地面に線を引き、説教が終わるのを、じっと待つ。うっかり修羅場に出くわしたケネルは、何事だと言わんばかりに眺めている。
「……。んもー。ほんと、うっさいんだから」
痺れを切らして、エレーンは小石を蹴飛ばす。
「なによ、ちょっと気晴らししてただけじゃない。そしたらバパさんに会ったから、お話したからって何がそんなに悪いのよ。大体いつだって、あたしばっか──」
「黙れ!」
びくり、とエレーンは首をすくめた。
ファレスは忌々しげに目を据える。
「てめえが勝手に消えたくせに、一体どういう了見だ。てめえが男なら、ぶん殴ってやるところだ」
「──そう頭ごなしに怒鳴りつけるな」
首長が見かねて取り成した。「この子はうちの連中とは違うんだぞ」
だが、ファレスは見向きもしない。三白眼で睨んだまま、わずかにも目をそらさない。
「次からはこの子も気をつけるさ。散歩の時には、お前に断って一緒に行く。──な? そうするよな? な?」
「あんたは黙っててくれ!」
ファレスが堪りかねたように眉をしかめた。
「甘やかすと、つけ上がる! これが初めてじゃねえんだからな!」
傲然と、ファレスは腕を組む。
「文句があるなら、言ってみろ!」
対抗すべく、エレーンも顎を突きあげる。そして、
「ケネルぅーっ!」
くるり、とすばやく方向転換。
……ん? とケネルが見おろした。ひしっ、としがみついた懐の黒髪。
安全地帯を抜かりなく確保し、エレーンは、くすん、くすん、とケネルを仰ぐ。
びしっ、と悪逆人を指さした。
「女男がいじめる〜っ!」
「んだと? もういっぺん言ってみろっ!」
ついにブチ切れ、ファレスはとっ捕まえるべく手を突き出す。
あたふたエレーンはケネルに隠れた。右から左から顔を出しては、ひょいひょい器用に逃げまわる。盾にされたケネルの方は、あっちへ、こっちへぶんぶん振られ、ほりほり頬を掻いている。
「てんめえ〜っ!」
怒り心頭に発したファレスに、いよいよエレーンは追いつめられ、はっしとケネルに飛びこんだ。
「──そう怒鳴るな」
やむなくケネルはそれを保護して、向かいのファレスをげんなり見やる。「もういいだろう。そろそろ、その辺にしておけよ」
「てめえは引っこんでろっ!」
「"ひ──」
(っこんでろ "って、お前な……)と恐らく内心で続けたであろうケネルは、あぜんと口をあけて突っ立った。どうやら地雷を踏んだ模様。
ぎろり、とファレスが睨めつけた。
「てめえがそうやって甘やかすから、ますますうろちょろすんじゃねえかよ! そもそも、てめえは日頃からなあ──!」
勢いあまって、上官に説教。
「──あ?」とその目が隣にそれた。
「何してやがんだ! ドアホウがっ!」
あわてて、エレーンは引っこんだ。盾のケネルにはバレぬよう「んべっ!」と "あっかんべ" していたのがばれたらしい。
首長は処置なしと眺めていたが、ふと気づいたように視線を投げた。
小道の先だ。人影がこちらにやってくる。薄茶の髪の痩せた男。あの身形は隊員らしい。ケネルにしがみついた客を見て、なぜか苦々しげに舌打ちする。
「ザイ。ここだ」
首長が笑って手をあげた。
ザイと呼ばれた茶髪の男が、にこりともせずに一瞥をくれる。
上着の懐をおもむろに探り、今来た道に踵を返した。
「──ありゃ」と首長は苦笑いし、後を追って足を踏み出す。「相変わらず、つれないねえ」
ぶらぶら歩くその足が、ファレスの横をすり抜ける。
通りすぎ様、すばやく耳打ち。
「……なに?」
エレーンは怪訝にファレスを見た。「どしたの? バパさん、なんだって?」
ファレスは面食らった顔つきで、首長を見たまま、返事もしない。
ザイに追いつき、肩を叩くと、首長は彼と語らいながら、風道の方へと戻って行った。
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