CROSS ROAD ディール急襲 第2部 3章 7話12
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「く」の字に曲げた煙草を投げ捨て、新たな一本を口に銜える。淡々と取り澄ましたいつもの顔が、今日は無性に気に食わなかった。反論の根拠を明かしても、僅かに動揺を見せるでもない。
 晴天の屋外の壁際だ。ゲルの丸壁に脚を投げ出し朝の草原を眺めている。隣にいるのは隊長ケネル。少し離れた座長のゲルに食器を下げて戻った帰りに、ゲルの裏で一服をしていたこの男を見つけたのだ。相も変わらぬ呑気な顔を目の端で一瞥し、ファレスは苛々紫煙を吐いた。「──だから! 何度言やあ分かるんだ。このまま進みゃあ、くたばりかねねえっつってんだろ」
 ゲルの外壁に寄りかかり、ケネルは晴れ渡った空を仰ぐ。「" 先読み "の結果ということか」
「──ああ、そうだよ」
 一瞬詰まって、ファレスは憮然と返事をした。異能の力を有する事をやむなくケネルに打ち明けた。予てより不安定だった件の客が、ついに昏睡状態に陥ったからだ。こうとなれば是非もない。
「トラビア行きは取り止めだ。さっさとノースカレリアへ引き返そうぜ」
 既に何度目になるかも分からぬ進言だ。だが、あんな事態の後だというのに、ケネルに気負った様子はない。相も変わらず紫煙をくゆらせ苦笑いしている。地面に腕をゆっくり伸ばして、指先で灰を叩き落とした。「大仰だな。少し神経質になりすぎていやしないか」
「何をてめえは悠長な! てめえだって見ていた筈だろ。強行すりゃあ、おっ死ぬぞ!」
 ケネルは空を仰いで、ぽっかり丸く紫煙を吐いた。「予知は予知だ。外れることもあるだろう。それにいささか都合もあってな」
「……都合だァ?」
 思わぬ応えに虚をつかれ、ファレスは舌打ちで見返した。ケネルは溜息混じりに「実はな、あの開戦前に──」と話し出す。"ケネルの都合"のあらましを聞いて、ファレスは呆気に取られて見返した。
「ああ? 北の貴族に啖呵を切ったァ?」
 己の言葉で要約する。
面子が全ての貴族どもに? 公衆の面前で赤っ恥かかして? それで恨みを買ったってのかよ」
 開いた口が塞がらない。敵襲迫る過日のノースカレリアで、貴族を召集した際の顛末である。ケネルは両手の枕でゲルの丸壁に寄りかかり、空に向けて紫煙を吐いた。
「この判断に誤りはない筈だ。散々好き勝手に振舞った挙句、唯一の後ろ盾を失えば、その行く末は知れている。街から遠い草原にいる方が、あの領邸に置いておくより幾分マシというものだろう」
「──たくバカがっ! つくづくバカだなあのバカは! どんだけバカなんだあのバカは!」
 拳固を握って言いたい放題こき下ろし、ファレスはギロリとケネルを睨む。「で、なんでてめえは、とっととそれを言わねえんだ!」
 突然矛先を向けられて、ケネルは「ん?」と振り向いた。
「 " 好きにしろ " と言わなかったか?」
 灰をトントン落としつつ、しれっ、と事もなげに紫煙を吐く。ファレスは、むっと反論に詰まった。このタヌキはたまにこうして小馬鹿にした態度を取ることがある。臆面もない横顔にギリギリ地団太を踏んでいると、ケネルが苦笑いで一瞥した。「あの時点では確証はなかった。勘が働いたというだけの話でな。だが、満更気のせいでもなかったようだ」
 さらりと流したが不穏な含意。ファレスは視線で先を促す。穏やかに揺れる樹海を見やって、ケネルは素気なく続けた。「昨日のネズミが口を割った。賊の一部は預かり物狙い、、、、、、だ」
「──標的はアレだってのかよ」
 ファレスは毒気をぬかれて眉をひそめた。「で、ネズミは」
 忌々しげに紫煙を吐きつつ嘆息する。ケネルからの返答はない。苛々しながら答えを急かした。「──どうした。生かしてあるんだろ」
 ケネルはやはり答えない。ファレスは焦れて舌打ちした。
「さっさと言えよ。俺が尋問するっつってんだよ。面子やら雇い主やら詳しいところを吐かせてやらあ!」
 苛立ち紛れに振り向いた途端、ケネルと目がかち合った。だが、ケネルはそろりと目を逸らす。
「……おい、まさか、てめえ」
 ファレスの片眉が、ぴくり、と跳ねた。様子を盗み見ていたらしい浮ついた素振り。急に沈黙したそぞろな態度。ばつの悪そうな横顔に、もしや、と毎度の理由に思い当たる。
「又かよ、てめえは!」
 大音量で怒鳴りつけ、片膝立てて踏み込んだ。
「ネズミ逃がしてどーすんだ! また襲いに来んのミエミエじゃねえかよ!」
 ケネルはもそもそ背を向ける。丸めた肩越しにチラと振り向き、口を不服気に尖らせた。「──しょうがないだろ、女だぞ」
「だ、か、ら! 何者だろうがネズミだろそいつは! どこまで女に甘いんだてめえはっ!」
 膝を抱えて背を丸め、ケネルはふてて目を合わせない。ファレスはしばし睨んでいたが、忌々しげな舌打ちで仕切り直した。「──つまり、逃避行ってことかよ、この行程は」
 やり過ごしたと思ったか、ケネルは肩を竦めて体勢を戻した。「──まあ、似たようなものだな」と口から紫煙をのんびりと吐く。
「たく。道理でネズミが出る訳だぜ」
 ファレスは舌打ちで灰を落とした。ネズミの大群の鼻先に餌をぶら下げて走っているようなものだ。
 白い雲がゆっくり流れて、緩い風が草原をさらった。向こうのゲルで茶色の犬が皿に頭を突っ込んでいる。木桶を持った住人が井戸へゆっくり歩いていく。大きな布を干している者、馬の背を撫でている者、それぞれの一日が始まったようだ。短い煙草を靴裏で踏み消し、ケネルは上着の懐を漁り、煙草の紙箱を取り出した。新たな一本を口に銜えて、点火しながらぶっきらぼうに訊く。「どの辺りだ、発生は」
 出し抜けに問われて、ファレスはとっさに返答に詰まった。戸惑いつつも流れをさらう。「──場所までは特定できねえな。だが、商都・トラビア間で間違いねえだろ。商都から先は酷暑だからな」
 先の" 先読み "の話であるらしい。果たしてケネルは「そうか」と呟き、頷いた。「なら、問題ない」
 ファレスは呆気に取られて振り向いた。
「なくはねえだろ! 行き着きゃあいいってもんでもねえぞ。諦めさせろよ。お前が言うなら素直に聞く」
 ケネルは黙って聞いている。ファレスは苛立って睨め付けた。「おい聞いてんのかよ! てめえが打ってんのは博打だぞ。伸るか反るかの大勝負だ」
「そうかもな」
 ケネルの態度に変化はない。ファレスは立て膝に腕を置き、胸倉掴んで乗り出した。
「分かっているなら取り止めろ! アレのへばった様子、お前も見たろ。トラビアは真夏の炎天下だ。あんな怪我じゃもたねえよ!」
「誰が直行する、、、、と言った」
 不測の答えにファレスは怯んだ。ケネルの口調は終始淡々としていて変わらない。勢いをそがれてたじろぎつつも、ファレスはふと合点した。「──ああ、そういうこと、、、、、、か」
 
 休憩しているケネルと別れて、ファレスはぶらぶら歩いていた。食事に飽きて逃げ出した客に「あのアマ、ちっとも食いやがらねえ……」と毎度の如くにぶつぶつ呟き、今の話を反芻する。
 つまり、北カレリアの領邸で不穏な空気を察知したケネルは、賊の襲撃を警戒し、手薄な身辺警護を補っていたということだ。仮に本職の傭兵が屋敷の中に入り込みでもすれば、カレリアの柔な衛兵風情では歯が立たない。その上、戦の混乱のどさくさに紛れて得体の知れぬ不審な輩が暗躍していた事情もある。そしてケネルは、彼女の懇願を呑んだと見せかけノースカレリアを出奔した。理由は簡単、身柄を己の領分に移す為だ。対象を同じ保護するにしても、自分の縄張りに取り込んでしまった方が、不慣れで不自由な他人の領分で窮屈な思いを強いられるより格段に動き易い。出立をああも強行したのも追っ手が迫り猶予がなかったからだろう。敵の目を欺く為に身内にさえ内情を漏らさない、独断専行のあのタヌキのやりそうなことだ。
「……だよなー。どうも妙だと思ったんだよな」
 素知らぬ顔を思い浮かべて、ファレスは一人納得する。何もケネルは泣いているアレが気になって夜毎様子見に行っていた訳ではないのだ。こうした場合に恐いのは、手足を持たぬ哀しみなどではない。心の間隙を衝く追撃者、様々な思惑と勘定で蠢く生身の人間の存在だ。そもそも、身も蓋もない実利的なケネルが、泣いている女を気にかけて夜毎忍んでいくような感傷的な真似をする訳がない。むしろ面倒事に巻き込まれる前に、さりげなくそそくさ遠ざかり尻尾を巻いてずらかる方だ。大抵の男がそうであるように。同じゲルで寝泊りし常に手元に置いておくのも、迂闊な預かり物を気にかけてというよりはむしろ、興味本位の有象無象を個別に排除するのが面倒臭いと、ただそれだけの理由だろう。ケネルが傍にいさえすれば、寄りつく物好きはいないから──。
「……いや、マジかそれ」
 ファレスは瞬いて足を止めた。嫌な悪寒に襲われて件の姿をそろりと捜せば、案の定、お花なんぞを鼻歌混じりで摘んでいる。いつもは平気で踏み潰すくせに。
 すっかりその気のしおらしい態度だ。夢見る乙女をそのまま地でいく現金さ。朝食時のやり取りがむくむく脳裏に蘇り、しばし ( やべえ…… ) と冷や汗混じりで立ち尽くす。やっちまった感てんこ盛りである。だが、氷結したのは束の間だった。
「ま、いっか」
 早とちりした副長ファレス、しかし、後は野となれ山となれ。己の勇み足は一言で片付け、真逆に踵を返したのだった。
 
 
 
 件の賓客がしきりに隣に話しかけつつ、樹海の風道を歩いている。お供は向こうの隊のセレスタン。禿頭をへらへら掻きながら間抜けな顔で歩いている。普段は副長が張り付いているが、ワタリが報告に来ていたから、体よく傍から追い払われて二人で散歩に出たのだろう。そして、道行く彼らの両側には木立に紛れた野次馬の影。先日の" ヴォルガ " で話題になった " 頭(かしら)の女 " を興味津々見物に来たのだ。
「──たく。どこにいやがる」
 生い茂る木立をかったるげに見回して、アーガトンは舌打ちした。休憩中に消えた配下を連れ戻しにやって来たのだ。だが、気配はあれど姿なし。確かに樹海にいる筈なのだが──。
 どうにも不可解な光景だった。隣にいるのが副長というならともかくとして、向こうの気安いセレスタンだ。気兼ねなくたむろしそうなものではないか。腑に落ちない思いで首を捻り、道の向かいも捜索しようと足を踏み出す。舌打ちで返した視界の隅に、ひょろりと白いシャツが飛び込んだ。
「……ウォード、かよ」
 アーガトンは渋い顔で立ち止まった。だが、すぐに、くわばらくわばらと肩を竦めて進路を代える。アレには拘らないのが正解だ。緑の中の白シャツの位置を肩越しにさりげなく確認しつつ、そそくさ離れて野草を静かに掻き分ける。十分に距離を開けたところで進行方向に目を返し、ふと足を止めた。よくよく目を凝らしてみれば、風道両脇の木立の中に複数の影が潜んでいる。
「──ありゃあ、向こうの一班じゃねえかよ」
 いささか虚をつかれて呟いた。全部で四人、風道を挟み前後に間隔をあけて二人づつ、木立の中を潜行している。顔触れは手前からロジェ、ジョエル、そして向かいがダナンとレオン。何れもレッド・ピアス直属の特務班、そして、お供のセレスタンもその一人、束ねているのは鎌風のザイだ。表向きは首長の護衛との話だが、水面下で秘密裏に、きな臭く動いているような印象がある。
 ぶらぶら足を運びつつ素知らぬ顔をしているが、明らかに彼女を尾行つけている。相手が如何な要人とはいえ護衛如きに借り出されるような連中ではない筈だが──。
 ふと、この不可解な事態を合点した。周囲に犇く野次馬が誰一人として姿を見せようとしない理由。あの特務班がいるからだ。ああも取り囲んで牽制されては、おいそれとは近づけない。ちょっかいを出すには分が悪い相手だ。日頃はふざけた連中だが、いざ仕事ともなれば、非情に、冷徹に豹変する。
 バパ隊の第一班、別名・特務班の班員は、他班の長を押さえるほどの実力者揃いだ。だが、それは例外中の例外だ。通常の番付は一班を上位として数を増すに伴い下位となるが、一班六名の班員については班長が任意で選ぶ為、実力の程はこの限りではない。因みに、今回のカレリア遠征には三隊八班、都合百十四名が出向いており、更にその内、今行程へは三隊の内の二隊のみ、バパ隊は一〜五班が、こちらはカーシュ率いる一班が未着の為に二〜六班が、それぞれ三十名、都合六十名が随行している。
 潜伏が既にばれていたらしく、風道手前の後列にいたジョエルが対象の様子を気にしつつ持ち場を離れてやって来た。ザンバラ髪を一つに括った飄々とした男だ。もっとも、あの首長にしてこの下ありで、レッド・ピアスのところの隊員は、こういう緩いのやら胡散臭いのやら風変わりなのやらチャラチャラしたのやらと何を考えているのか分からない極楽トンボばかりだが。ジョエルはいつもの無表情で向き直るなり、道の向かいを親指で示して目配せした。「おたくのゴロツキ班、何とかなりませんかね」
 果たして、開口一番ぶっきらぼうな " もの言い " だ。アーガトンは苦々しく頭を掻いた。「──バリーんとこか」
 もっとも、このジョエルに限らず、バリー率いる第二班はしばしばそうした揶揄をされる。そして事実、無法者の集まりだから仕方がない。とはいえ、向こうの首長に噛み付いたと聞いた時には、よくも生きて帰れたもんだ、とさすがに肝を冷やしたが。隊の賓客に手出しするなどという破天荒な暴挙をやらかしたのは、バリー、ブルーノ、ジェスキー、ボリス──日頃から暴走しがちな第二班の連中は、常に苛立って当り散らし、難癖をつけては周囲に喧嘩を吹っかける頭痛のタネの与太者揃いだ。ジョエルが腰に手を置いて、かったるそうに溜息をついた。「副長に、お守り押しつけられてんすよね俺達。姫さんの面倒みろってさ」
「──お前んとこがか?」
 いささか面食らってジョエルを見、命じた当人のいるであろう草原方面を眺めやった。「何考えてんだ副長は。特務をそういう用途ところで使うかねえ」
 話が妙だと思ったら、副長の肝入りだったらしい。当のジョエルは気のない様子で肩をすくめる。
「そういうのは副長あの人にはどうでもいいんでしょ。もっとも、うちのお人好しもこの件には大乗り気すから、もうどうにもなりませんけどね。それにうちの頭(かしら)はホラ、女にからきし弱いでしょ」
 で、と改めて向き直った。「奴さん達、なんだって、あんな突っかかっるんです。ありゃあ、クレスト領家からの預かり物すよ」
 向かいの木立に呆れたように顎をしゃくる。アーガトンは腕組みの上に溜息を落とした。
「下の連中に聞いたところじゃ、領主とトラビアまで行った時に意気投合しちまったみてえでなあ。で、肝心の領主はあのザマだろ。元はあの客のせいだってんで、なんか気に食わねえみてえなんだよなあ」
「くっだらねえ。領主だって、てめえの思惑で動いたんでしょうに」
 ジョエルはかったるそうに吐き捨てる。「姫さんだって、あんな片田舎に取り残されて、一人で勇ましく旗振ってたじゃないすか。そっちの班長さん方も見てたでしょうに」
「それはまあ、そうなんだがよ。うちの連中のあらかたは領主とトラビアに突っ込んで玉砕してきたクチだからなあ。兵隊で北カレリアに居残ったのは、うちのハーヴィーとヴォルターんとこのミランくらいのもんだよ」
 領主からの要請で隊を分遣するにあたっては、一班と二班の長であるカーシュ・バリーの両名を除き、班長は北カレリアに居残った。この遠征の目的である統領代理の護衛の任に当たる為だ。つまり領主に随行したのは大半が下っ端だったという事だ。そして、混成隊を束ねたカーシュは、自隊を全てトラビア行略組に組み入れた。カレリアに遠征している三隊から同数の人員を出しているにも拘らずだ。ただただ自分が動かし易い、と、どうせそれだけの理由だろう。あの単細胞の顔を思い浮かべて、アーガトンは嘆息する。ジョエルが無愛想に続けた。「うちの大半は商都で待機すから、風当たりが緩いのはその辺りの差なんすかね」
 ジョエルが属するバパ隊の振り分けについては、北カレリアには一・二班がほぼ残り、領主に随行した人員の中でも更にトラビアにまで突っ込んだのは、班長七名と衛生班三名の僅か十名ばかりと聞いている。ずぼらなカーシュのことだから実力重視で上から選んだ結果だろう。まったく実に分かり易い男だ。因みに一班の中でもザイだけは、件の分遣隊に随行していた。どうせ監視が役目だろうが。ともあれ、連中が" 街の者 " にそうまで心酔するのは珍しいことだ。癖っ毛領主の一癖ありそうなあの顔を薄ぼんやりと思い浮かべていると、片足に重心を預けてたるそうに腕を組んだまま、ジョエルがうんざりと顎をしゃくった。「にしても、おたくのゴロツキ、ちょっとしつこ過ぎやしませんか。てめえの班長が飛ばされたばっかだってのによ」
 飛ばされた班長とは言わずもがなのバリーのこと、"ゴロツキ"とは弟分のあの三人──ブルーノ・ジェスキー・ボリスのことだ。班員の内でも札付きはバリーを含めた上の四人で、後の二人は真っ当だから。アーガトンは手持ち無沙汰に頭を掻いた。「案外、妬ましいってのもあるのかも知れないねえ」
「妬ましい?」
 ジョエルは怪訝そうに復唱し、風道を肩越しに一瞥した。「あの姫さんが、すか。なんでまた」
「ヤツらも同じ純血種だろ」
 バリー率いる第二班は戦災孤児の集まりだ。諸々の事情で街にいられず隊にいる。つまり、班の全員がシャンバール人。当然の事ながら仲間内でも特異で異色、少数派故に仲間意識はどこよりも強い。
「だってほら、あのお姫さんは " 街のヤツ " だろ。で、自分らを敵に売り渡したのも、つまるところ街のヤツらだ。なのに、そんな仕打ちをしておいて、てめえらはのうのうと暮らしている」
「くっだらね。何も姫さんに売られた訳でもなかろうによ」
 ジョエルは面倒臭げに吐き捨てた。「そもそも、ありゃあ、シャンバール人じゃねえじゃねえかよ」
「連中にとっちゃ同じこったろ。てめえらも同じ純血種なのに街から冷たく締め出されている。真っ当な生活から排除され、てめえだけが理不尽な憂き目をみてるってよ。俺ァ分かるね、そこんとこ。だってヤツらには何の落ち度もなかったんだぜ。なのにそんな風に虐げられりゃ腐りたくもなろうってもんだぜ。生まれ落ちたその日から遊民側の俺らと違って、ヤツらはなまじ同じだからな。頭(かしら)があっちの肩持って、てめえの班長が飛ばされたとなりゃ面白くねえのも道理だろうよ」
「──とにかく」
 風道の様子をせわしげに見やって、ジョエルは素気なく踵を返した。「頼んますよ班長さん。こうも周りが騒がしいんじゃ、おちおち昼寝もしてられねえや」
 ぼそりと鋭い当てこすり。アーガトンはやれやれと後ろ頭を叩いた。「だから、分かったって言ってんだろ? 見つけ次第連れ戻すよ。こっちだって面倒事はご免なんだ」
 ザンバラを括った後ろ姿をグーパーしながら見送って、アーガトンは嘆息混じりに「──ハーヴィー」と背後に呼びかける。ややあって、指名の部下が木立の向こうから現れた。
「くだらん野次馬を即刻見つけて連れ戻せ。ああ、バリーんとこのも一緒にな」
 ハーヴィーが面食らったように見返した。「──二班の連中も俺が、すか」
 木立を眺め、戸惑ったように後ろ頭を掻いている。言いたい事は分かっている。領分が違う、とそういうことだ。さもありなんな反応に、アーガトンは舌打ちした。「仕方がねえだろ。班長のバリーがいねえんだからよ」
 二班の長が不在とくれば、順繰りにお鉢が回ってきてトバッチリを食うのは目に見えている。これが上に知れようものなら、監督不行き届きでどやされかねない。
「いいか、向こうの特務と悶着起こす前に連れ戻せ。出来れば頭(かしら)が気付く前にな」
 そこここで蠢く盗み見の気配を、ハーヴィーは汗を拭って見回していたが、「了解、班長」と顎を引き、樹海の木立に紛れて行った。
「……にしてもよ、」
 額の汗を腕で拭ってアーガトンは首を捻る。「上が何か隠し事をしているような気がして、俺ァ仕方がねえんだがな」
 疲れてちょっと寝込んだくらいで、ああも動揺するものだろうか。そして、与太者にちょっかいをかけられた程度で特務を投入するほどの物々しさ。ここでは珍しい話ではないのだが。
 何事かありそうな気配だった。だが、上はいつにも増して口が堅い。ならば、と水を向けてもみたが、あの"調達屋"でさえもが口を割らない。それでも、上からの風当たりは当然の如くにやってくる。しかも一、二班の長が不在とくれば、三班が苦情の矢面だ。
「──たく。特務の若いのもせっついてくるしよ。中間管理職は辛れえよな」
 一人ごちて頭を掻き、樹梢の先の天を仰ぐ。
 ともあれ、トラビアへの随行組は彼女を厭う傾向が顕著だ。今行程の随行者六十名のみで大別すれば、自隊二十四、バパ隊二十で、実に四十四名もの連中だ。逆に戦時の北カレリアで彼女と共に急場を凌いだのは、自隊六、バパ隊十の、僅かに十六名ということになる。もっともバパ隊でトラビアにまで随行したのは七名のみで、しかも向こうは個人主義だから、そうした他人のあれこれには元より関心が薄そうだが。とはいえ、彼女を保護し、そうした輩を監視・防衛するとなれば、四十もの連中を相手にする計算になる。
「──あー! たく。敵が多いな畜生め!」
 小枝と野草を掻き分けながら、アーガトンはげんなり溜息をついた。
 
 
 
 
 

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