interval〜肩すかし〜

 
 
「──さあ、今度はどこへ行くんだ? ラルッカ」
 一行の赴く先々に、ひょいひょい、ついて回る影があった。
 影はくわえ煙草で、くつくつ笑う。
「どこであろうが、付いてってやるぜ?」
 
 
 ぱちばち火の粉をまきながら、火炎が夜空を焦がしていた。
 焼け出された町民たちが、がやがや広場に集っている。
「避難路を確保しろ!」
「とり残された者はいないか!」
「早く広場に避難しろ!」
 ぷすぷす焼け落ちた町を見まわり、ラルッカ隊は退却する。
 きりり、と民衆を振り向いた。
「みなさーん! ご家族はそろってますかー? お隣の方はちゃんといますかあ!」
 ラルッカ隊、本領発揮。相手は他国の民ではあるが、監理・統括は得意分野。
 ロルフ、オットー、カルルの三名──ラルッカ隊一同は、白皙の上司を引き連れて、国境より西に進んだトロワという名の小さな町までやって来ていた。傭兵を確保すべく、カレリアから国境を越え隣国シャンバールに入ってみれば、国境の街トラザールに失業中の傭兵はおらず 、宿はどこも未曾有の満員だったからだ。カレリアが国境を封鎖したため、帰国の貿易商が足止めをくらい、待機を余儀なくされているらしい。
 宿にもあぶれた一行は、やむなく国境の街トラザールを出、街道を道なりに進んだ。ちなみに、この道を延々行けば、やがて、都市同盟の反撃拠点モンデスワールの都市に行きつく。そこには、今回の目当ての傭兵たちが、本格的に集結している。つまり、さほど見当外れな方向でもない。
 一行はようやく宿をとり、荷物をおろして、ふー、やれやれと一息ついた。その矢先、夕暮れに半鐘が鳴り響いた。
 要するに火事だ。
 小さな町の大半は、今夜も炎に包まれている。
 火炎の波からぜえぜえ逃げつつ、ピーピー泣きわめく二人の子供を両脇の下に引っかかえ、白皙の上司ラルッカは怪訝そうに首をかしげる。
「どうも、行く先々で、こんな目にあう気がするんだが」
 そう、なぜかことごとく、大規模火災に見舞われるのだ。そうなれば、その場に居合わせた行きがかり上、人命救助でてんてこまい。
 空になった二つのバケツを、よっこらせ、と地面に降ろして、ちら、とオットーが横目で見た。「この中に、疫病神でも紛れてるんじゃないんですかね〜」
「──なんだと? きさま」
 ぐるり、とラルッカは振りかえり、ふてぶてしい部下の胸倉をつかむ。「俺がそうだとでも言いたいのか! きさま! 今すぐ外に出(ろ)──!」
「はいはい。今はそれどころじゃないですからね」
 きりり、と振り向いたリーダー・ロルフに気のない棒読みであしらわれ、ラルッカは二の句がつげずに立ち尽くす。
 その袖を、小柄なカルルがそっと引いた。「そうですよ、指令官どの。愚痴なら後で聞いてあげますから。人間、がまんも大切ですよ?」
「……かるる」
 あんぐりラルッカは口をあけた。なんということ、可愛がっていたカルルにさえ、なんか軽くあしらわれる……。
 思考停止でしばし固まり、額をつかんで、片手を振った。
「……。急げ!」
 再び、救助活動に従事する。そうだ。今はそれどころではないのだ。
「みなさ〜ん! いない人はいませんかあ? おじいちゃん、おばあちゃんを 忘れてませんかあ?」
 わいわいガヤガヤ、焼け出された住民を前に、ラルッカ隊は点呼をとる。悲しいかな公僕の性、危急の事態には血が騒ぐ。
 きりりとロルフは婦人の手を引き、オットーは悪ガキどもの一団を追いたて、カルルはじいちゃんばあちゃんに、わっせわっせと担ぎ出されて、せっせと広場に避難する。
「──そういや、ぼくたち」
 家々を焼く炎の照り返しを受けながら、三人は額の汗をふき、白皙の上司を振り返る。
「「「 何しに来たんでしたっけ? シャンバールに 」」」
 キャアキャアはしゃぐ子供にまみれて、肩から背中から頭からぶらさがられていたラルッカは、はた、と使命を思い出す。
「……………………。急げ!」
 いや、今は、それどころではないんである。
「ああっ! いないわ、うちの子がっ!」
「──なにぃっ!」
 顔を引きつらせて振り向いた。
 すわ、一大事! と一同わたわた、火災現場へ舞い戻る。
 額の汗を腕でふき、オットーがあてつけがましく上司を見た。
「もー。なんで毎度毎度こんな目にぃ〜! 誰かに恨みでも買ってるんじゃないですかー?」
 む、とラルッカは口を尖らせ、だが、そろりと三人から目をそらした。
 心当たりがありすぎる。
 
 そんなこんなで日が暮れた……。
 とある食堂の片隅で、ラルッカ隊と白皙の上司は、ぐったり卓につっ伏していた。
 今日もよく働いた〜……と卓にぺったり頬をつけ、オットーはぐんなり、そちらを見やる。「どこ行ってたんだ? カルル」
「──あ、うん。ちょっとね」
 ガタガタ椅子の足を鳴らして、カルルはそそくさ席につく。
 一同の顔を見まわした。「ぼくたち、お仕事してないでしょう? だから、ぼくね──」
「なあ、聞いたか。ま〜た始まったみたいだぜ」
 薄暗い隅の卓から、声がげんなりと漏れ聞こえた。
 同じ卓で、別声が続ける。「ああ、そうだってな。今度は同盟の側から仕掛けたとかなんとか」
「こうまで立ち続けに焼き討ちされりゃ、そりゃ我慢も限界だわな」
 ぎくり、と一行は氷結した。
 ならば、これまでの不審火は「焼き討ち」という奴なのか。いや、そんなことより、つまり今度は、
 ── 開戦か!?
「「「 か、か、帰んないとっ! 」」」
 一同、わたわた席を立ち、それぞれ手荷物を引っつかんだ。もう、傭兵を募るどころの騒ぎではない。
 一路青くなって逃げ戻り、シャンバールの国境検問所に飛びこんだ。国境の橋をばたばた駆け抜け、カレリアの検問所から転げ出る。
 結局、収穫もなく帰国して、トラビアの街にとぼとぼ入った。
 一同、「はあ〜あ……」と、肩を落として悄然と歩く。これでは皆に顔向けできない。とりわけダドリー=クレストに。
 街路灯の乏しい光が、白々と石畳を照らしていた。
 酒場に向かうのだろう一団が、上機嫌でそぞろ歩いている。ふと、一同は顔をあげ、夜更けの街路で足を止めた。
 怪訝に視線をめぐらせる。街の様子が、何かおかしい。
 そう、今頃ここは、占拠されていたはずではないか。ならば、カーシュ率いる遊民部隊が練り歩いているはずだった。だが、夜の街には誰ひとり──物々しい遊民の姿は、一人たりとも見当たらない。
 戸惑いの視線をめぐらせて、腑に落ちない顔で彼らは歩く。
 ふと、ラルッカが足を止めた。
「──君は」
 石畳の街角で、あの、、男を見咎めた。
 
 
 

☆ おまけSS 『ラルッカ隊が往く』 ☆
話は少しさかのぼる……
 

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